2001年の文章 抜粋
ジャンクションこれはアメリカ映画のタイトルで黒人・白人の立場を逆転させた
設定だ。黒人のトップエリートは「白人は文化・能力も劣っている」
なんて言って。(いつの映画かなー?)高い城の男(フィリップ・k・ディック)では大戦の戦勝国は
ドイツと日本なのだ。文化は日独文化で美女と言うのは
ブロンドのプレイボーイ誌のモデルのタイプではなく
長い黒髪の東洋人なのだ。なんかちょっとうれしい逆転の発想は面白い。優劣を生み出すものは大した事ではなく
強いものの考えに引きずられているだけだと気づく以前(TVKだと思う)テレビでやったんだがアメリカの差別の授業で
ランダムに決めた生徒を,みんなで攻撃(言葉)する
痛みを教えるわけだ。異論はあるかもしれないが効果はあると思う
人は優劣があるものだ。その事実は変えられないし
あったほうが意欲も高まるものだ。のし上がってやろうって!?
だからと言って差別行動はいけない
いじめっ子といじめられっこ,逆に体験させたらどうだろう?三、四年前イタリアで妻への暴力を「時々だから問題ない」
と判決されたが冗談じゃない。私は1回でも許さんぞ
だって他人なら1回でも罪でしょうが!で逆転の発想で
「時々ならダンナを殴っても問題ない」からイタリアの奥さん
がんばってね。ボクシングジムでも行きましょアフリカの神話
昔のノートを見ていたが随分神話にこっていたらしく
世界の神話がメモってあった。昔学校で書き写したらしい
中でもヘン、いや面白いのはアフリカの神話だ
アフリカは多くの部族の神話がある死の始まり
神は、人間は死なないことにして地上に送ったが
その指令を受けたカメレオンはのろまだった
一方後から,人間は死ぬという指令を背負ったトカゲは
先に到着してしまった。後からカメレオンも到着したが
もう変更は出来なかった,こうして人類は「死」を持った何だよー,カメレオンのせいで死んじゃうのね,私たち!
でも別の神話では死なない事に決まっていたのに
人が「死なないと増えすぎます」と頼んで死を与えてもらった
うーん,リアル。人口抑制ってことかなあ・・・
やはりカメレオンは遅れるべくして遅れたのね生殖の始まり
世界の始め,兄と妹のふたりが住んでいた
ある日木に登った妹を、兄が見上げると妹の股間に
何か見えた「どうしてそんな所に傷があるのだ?」
妹は傷ではない,前からある割れ目だと答えた
兄は思いついて自分の突起物と妹の割れ目を合わせた
しばらくすると妹の腹がふくらみ子が産まれた
そして人間は増えていった2001/1/28
葬式 珍プレー好プレー
久しぶりの葬儀に出てあれ?と思ったのは故人の経歴のところだ
出身・学歴・職歴・ご主人との出会い、まで細かく述べる
結婚式のように。これがイマドキの葬儀なのか。
人間死んでまで過去を持っていくわけね。ハーバード出の才媛
なんかが理想の仏さまなんだろうよく言われる戒名も,死んでから何で違う名をつけるんだと
思うが,いやなら寺(仏教)をよせと言われると困る
現実は墓がないと困るからだ。変だ。知人がマンション購入の
頭金を貯めていて,親御さんが死去。墓と葬儀で貯蓄はパー
その後バブルが終わって未だに彼等は賃貸である(悲)
生きている人のためにはいくら使ってもイイが
葬儀にかかるのは故人のためでなく,葬儀屋、寺の為に思える
戒名は金を出すほどいいものがもらえる。貧乏人は死後もみじめ人の葬式でももらい泣きしてしまった。なぜ悲しくなるんだろう?
それは,故人を思ってではなく,自分が今までにかかわって
亡くなった人を思ったり,自分の今の家族のことを思ったり
してしまう。故人の友人の言葉は本当に悲しかったが
お経はイマイチ。大体お経はなんでわかんない言葉なんだ
キリスト教は口語でお話するのにね,仏教が葬式宗教というのは
その辺じゃないか?もはや寺は宗教とも言えない。葬儀屋だ故人の娘さんがイマドキのコギャル風ドハデだった
住職が話しの中で娘さんの事を「ヤマンバ」なんて言っていた
あれはないだろうと思った。さとすつもりだったろうが
もっと言い方ないのかと思った。話ヘタクソ
まあ、常識の範疇で考えると「人は見かけ」だ
親しくないとどんな人かわからず,見かけで判断するのだから。コギャルのみなさん、格好はみなさんの自由だが
もしも冠婚葬祭のときはおとなしい格好をしたほうが・・・
でないとあなたはいいかもしれないが家族が世間に非難される
葬式でコギャルメイクの娘さんを見てびっくりした人が
外で「親のしつけが・・・」なんて言っていた
親を思って泣いていた彼女,心やさしくても世間はわからない
亡きお母さんまでが非難されたら悲しい・・・吠えてスミマセン。今回の葬式騒動で考えた事,多いです
ホント,墓要らない。自分の体が大事だからこそ墓に入るより
役立てたい,それが強くなりました。2001/1/27
儀礼や慣習は大事ですか?
子どもが「なんでご飯の上に箸が刺さっているの?」と聞いた
はて?実は私もわからないがそれが葬儀の慣習だと知っているだけ
箸と箸でモノを受け渡してはいけないというのは
火葬場で骨を箸で受け渡すから,気分が良くないということだろう以前和食の店でガイジンが(英語だったから英語圏の方?)
海老天を相手にあげるのに箸で(ちゃんとした箸さばき)
渡して,箸で受けていた。箸がうまく使えて嬉しかったらしく
「ソー・グー」なんていっていた。
周りの人も日本人なら「箸と箸で・・・」と非難するだろうが
ガイジンとなると微笑んで見ている。文化が違うから許せるのだこんな話もある。葬式で小さい子が騒いだら(三歳か五歳くらい)
厳格なそこのおばあさんが「人が亡くなったのに悪魔のような子だよ」
と言ったとか。(言ったおばあさんが悪魔だよ・・・!)
ガイジンも子どもも文化(慣習)を学んではいない
説明してあげればそれでいい。怒ったり非難したりはいけないのだ葬式・結婚式など冠婚葬祭は面倒だ。文化的には継承しても良いが
もっと自由度が欲しい。儀式と言うのは論理性には欠けているもの。
ちょっと外れたり,間違ったり,知らなかったり,そんな人も
受け入れる雰囲気が欲しい。祝う気持ち,弔う気持ちと
「儀礼」は比例しない。
儀礼にとらわれていては、悲しさが伝わらないと思う
あ!そうか。悲しさを半減させる効果はあるんだ・・・
弔問客が何人とか、料理の手配とか、余計な事を考えて
あわただしさで、落ち込みがちょっと軽くなる私は自分の葬式はして欲しくない。骨も豪華な墓はいらない
ごみに捨ててくれても良いくらいだ。葬式は死者の為でなく
生き残ったものの為にやるのだから私の死後はサッサと
私を忘れて楽しく生きて欲しいと思う。私はただのカルシウムに。
と言うと,ダンナはそうはいかないよ,現実は、と言った。うーん
それならば私の葬式は「平服で」どっかの食堂で
わいわい・がやがややって欲しい。
こういうこという奴は長生きするんだ、よし。長生きするゾー今までの葬儀で印象的だったのは、無宗教の葬儀だ
もちろんお経もない。献花だけで棺には赤い布がかけられていた
赤はその方の生前の思想から。すごいと思った
私の父親の葬儀で棺に五線紙が入れられた。音楽を愛した父らしい
ものであった。人の最期に何を入れてやるか?
自分は何を入れてもらいたいか?で人生で愛した物がわかるだろうえー暗い話ばかりでごめんなさい。人の死は色んな考えが浮かんで。
2001/1/26
「架空の」恋人
以前有吉佐和子の「処女連祷」を読んだ。(トウの字が変換できません)
内容は,女学生の仲良しグループがいて,中のひとりは
彼ができたというのだが,誰もその男性を見た事はない
彼はすばらしい人だと彼女はは言うが、仲良しの誰にも「彼」を見せない
会わせる約束をすると,急用でダメになる(ドタキャン)
彼からの手紙もニセモノ
たぶん彼女の空想が作り出した「すばらしい彼」なんだろうが
その「彼」を生み出した女学生の心理にはとても興味があった
なぜならその気持ちはわかるからだ。
私にも夢見る頃はあった。小説やマンガに出てくるステキな男性に
あこがれた。決まってクラスで1番もてる男が私を好きなのだ
(想像では)だが現実はそんなに甘くない。
カボチャでも,ジャガイモでも彼が欲しい・・・でも、やはり
憧れのカッコイイ男はカボチャではイヤだ・・・というジレンマでもがく
青春期には異性の事ばかり考えて毎日を過ごす事がある
昔もイマドキも同じだ。今はゲットしやすいかもしれないが
気持ちは同じはず・・・
架空の彼・・・わからないかな?今の若い人には。
いい時代です。よりどりみどりかなー?みなさんは。
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さびしいって どういうことだろう?
わかっているつもりだった そう思って生きてきた
でも 人間てさびしいのか ひとりぼっちなのか
今はわからない
さびしさが 遠くへ消えた
君のおかげで・・・・・
生きていたい 生きていたい
君のために 君が大きくなるまでは
(ムスコへ)
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見てくれてる皆さんのお母さんもそうだと思います。この思い。
友達でお母さんが、小さい頃家を出てしまい置いていかれた人がいて
彼女はお母さんからもらえなかった分を,いえ,それをとっくに越えて
自分の子どもを愛して育てています
お母さんのいる人,いない人・・・・・誰かきっとエールを送っている
どちらの人も、もあなたは唯一希有な存在です。と言いたいな・・・
2001/2/23
ドメスティック・バイオレンス家庭内の暴力の事だが,普通はダンナだ。ダンナがすぐ手を上げる
という人がいるが彼女はダンナが会社へ行く毎朝、こう思うという
・・・交通事故で死んで欲しい・・・一緒にいたい、好き、そんな思いで結婚したはずの夫婦が
方や相手を殴り,方やそれに耐え「死んでくれ」と願う・・・
何て悲しい事だろう。他人を憎むのと夫や親子を憎むのとは
何かが違う。自分も壊れてゆく,そして家庭も。
多重人格の話もそうだが暴力から生まれるものは憎しみや絶望しかない
カミナリ族・・知らないよね
子どもとアニメ(こち亀という)を見ていたらカミナリ族という言葉が
出てきた。何かというと昔の暴走族の事だ。若い方,知ってる?
私のろくでなしの父親はこの「カミナリ族」であったと母親から
聞いた事がある。当時跡取としてわがままに育てられた父は
私立高校に通わせてもらっていたのもかかわらず(昔私立は
行かせるのは大変だったらしい)ワルイお坊ちゃまで
バイクなんて乗りまわして親を泣かせていた。電車通学で父達が
乗っている車両は決して女生徒が乗って来なかったという。
父はどう考えてもナンパな奴だった。今の「ゾク」と言う暴走族の
タイプではない。ジャズにロカビリー、ロック、ブラック・・・・
音楽を愛して棺おけに五線紙を入れるような男。女好き男(笑)
それがどうして「カミナリ族」?バイクに魅了されたのだろうか
父の「カミナリ族」仲間は今はもういい親父かオジイサンだ
会社を定年になった人、自営で現役で仕事している人
海外へでて暮らしている人、みんな静かな暮らしぶりだ
孫を抱くオジさんたちに、爆音を響かせて走っていた過去は
微塵も感じられず、想像もできない。
時間というもの,老いるというものは,そういうことなのか。
今,ちょっとワルイ事をして若さを謳歌している人たちへ・・・
今しかないという事は,あるのかもしれない。
やって後悔する事,やらないで後悔する事,どちらがいいのかは
人それぞれだ。私は「やって後悔」するほうが好き。
まあ親に心配かけるのもほどほどに。世の親を代表してたのみます!
ダンサー・イン・ザ・ダーク
我慢できずに本を買ってしまった。息子を置いて映画館へはいけない
仕事で土日もないからせめて、夜は家にいてやりたいのだ。で本を買う。
うすうすストーリーはわかっていたけれど、もう今日は1日祈りの気分。
もちろんセルマに。ああ,観たいな。ビデオ化してくれ・・・
昨日はからずも女性死刑囚の話を書いた。その死刑囚にも
葛藤があったんだろうなとふと思う。家族はあったんだろうか?
なぜ犯罪に手を染めたのか?今,私の目の前に子どもが座っている
もしも私が犯罪を犯したら,この子はどうなるんだろう?
なぜ子どもを産んだのかという問いに
セルマは言った「だって赤ちゃんを抱っこしたかったの,この腕に」
自分の為に子どもを生み、子どもの為に生きることを選んだ
祈り、生きる、絶望、願い、色々な言葉が私を包む
私はこの映画を「救いがない」とは思わない
命を賭けて託す事・・・それは「希望」といえる
それでも今日はへこむ私だ・・・もちろんビョークを聴きながら
BGM: PLAY DEAD By.Bjork and David Arnold (アイスランド生まれの
彼女は日系人の香りが。とにかく歌唱力がすごい。セリーヌ・ディオン
やマライヤ・キャリーとは違った声。魂から搾り出すような・・・)
2001/2/11
感想を語るとき「私はこう思う」と言うのはその人の感性のどこに
触れたかによって違ってくる。この作品は私の「母性」に触れた
賛否が分かれるというこの映画。否定意見は「絶望感」「救いが無い」
事だという。だが救われなければいけないんだろうか?救われたい?
ハッピーエンドが必ずいい事とは思わない。
余談ですが(出た!余談ばっかり)中学生日記というNHKの番組は
以前「暗すぎる」と言われたそうだ。だが現実の中学生の問題を
考えるのにこじつけてハッピーエンドにするのは番組の意味がない
「救われない」「どうしていいかわからない」それこそが
考えるべき事だ。信じるものは救われる。
救われない事もまた,生きている事だと誰か言って下さい・・
2001/2/12
言葉の意味
「原住民」はいけないが「先住民」は良い。それは「原住民」と言う
言葉が差別的なのではなく「原住民」と言う言葉で
傷ついた過去がよみがえるからだ。だから「原住民」はいけない。
では「先住民」と言う言葉もこれからどうなるかわからない
差別語は無い。差別語は人によってそうなるのだ
2001/2/10
税金の取り方
経済ってそういうことだったのか会議(日経新聞)と言う本を買った
これが又面白い(感想は後日)で,税金の取り方って
難しいなと思った。日本の現在の累進課税ってお金持ちから
たくさんボッタクルというのは知っていたがこれはお金持ちの立場では
働き甲斐がないということになるんだと,本にあって
なるほどと思った。一時は80パーセント所得税を取られていた
そういえばビーとたけしも言ってたっけ。
貧乏人からいわせると同じ税額はなんか変。
月給10万円の人と100万円の人と1000万円の人と
税率が同じならなんか変。
でも物品税にかけて高級品は高い税率ってのも景気悪くなりそう
うーん、ケーザイって難しすぎ。
ジョークの感覚
さて、かなり前だが新聞にこんな記事があった(たぶん東京新聞)
子どもアニメ「ポケモン」の中の医療施設が,海外のドラマER
と言うのに似ている、マネは不愉快だという投書
私はそのドラマを知らないので真偽はわからない
じっくり見ているとポケモンはルーツが見える話がある
レイ・ブラッドベリの「霧笛」に似た、怪獣が灯台に誘われて
現れるお話や、コイルは電気ネズミの夢を見るか?というタイトルは
フィリップ・k・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」
に似た感じだ。私はそんな「パクリ」を見つけるのが好きだ。
私の「ショート」もパクられるようなら大作なんだろうなー
(いないって)
友達が送ってくれた詩をのせます(またヨロシク!)
**************
「おかあさん」と抱きつく手。娘の笑顔に遠い日の私がいた
「おかあさん、おかあさん」私を受けとめるやさしい手
あたたかな息。
私が幼い頃逝ってしまったはずのその人が今
一番大切な人となって今,よみがえる
母の血を受け、私の血を受け
生気の輝きを放つ子よ
あなたの中に、確かに、失った人はいた
娘さんが、亡くなったお母さんに似ていると
気がついたそうです
命を継ぐって事はこういう事かなって思う
******************
語る言葉が見つからない
大人になって、おしゃべりも上手くなって
お化粧をして、いろいろな場所へ出かけて・・・
子どもの頃の夢は、みんな叶ったのに
ただひとりの友のあなたと
語る言葉が見つからない
時を越えて、私たちは友であると
信じつづけてきた
でも なぜか 語る言葉が見つからない
時間の壁が重い
夜更けまで語り合っても
まだ足りなかったあの頃・・・
そして今
私たちは何を失ったんだろうか
***********
毎年、虚礼はやめましょうなんて無駄の代名詞の年賀状。
私が年賀状を何故出しつづけるのか、というと
私は細くても縁あって友達となった人を失いたくないからです
知性は理性に通づる・・・
以前「本という奇跡」と言う本を読みました(メディアパル)
その中の彼のアルバムと言うお話が印象的でコピーを残しました
(茨城県 松浦恵美子さんという67歳の方だそうです)
戦争を切り抜けて、結婚する予定の婚約者が交通事故で死に
その彼の愛した本と(ヘンリ・ライクロフトの私記)残した
言葉を書いたものでした
僕は貧乏だけどどうしても貧しい人の味方にはなれないんだ
貧しい家庭に育った兵隊が戦場でやった行為は正に獣だった
同じ厳しい状況に置かれながら学校での兵隊は矜持があった
人間として持つべき最後の誇りを持った人が多かった
貧しい人が全部と言うわけではないが、子どもの頃
貧しい生活をした人間は、人間の誇りを身につける暇が無いんだね
パール・バックの大地を読んだときも感じた葛藤がここにも
ありました。無知ゆえに自分の行為を恥じる事が無い
そんな時知性と言うものの大事さを感じます。
今の仕事柄実感ですねー。はー。またこれは後日。
2001/2/4
パール・バック「大地」の王淵の葛藤
上流の者たちの狂宴を強く拒否 しかし極貧の者の無知と非礼に
怒りを覚え、入りかけた革命運動も自分の求めるものではない
アメリカへの逃亡の留学生活は、人種の壁,自分が異邦人だと思う
どこへも自分の所在がないという気持ち。
彼の悩みはきっと大なり小なり誰もが持っているだろう
人は何かに(どこかに)属す事で安定を得る。
自分と同じ,近い人々の中に混じっていたいと思うのは本能だ
しかし自分が異質だと感じる時、言いようもない孤独になる
白い羽の中に一匹だけ混じる灰色の羽
それは一生灰色で白になることもないままなのだ
恥を知る人間になる、王淵が言いたかったのはそれだろうか
いなくなったクラスメイト
昔の日記類を読んでいたら中学三年の出来事を思い出した
クラスメイトのKちゃんという子が卒業まであとわずかと言う時
お母さんと共に失踪した。父親が酒乱で暴力をふるい
これ以上は殺されるとお母さんは言っていたというので
親子ふたりは父から逃げたのだろう
(包丁を持って道路まで追いかけてきたりしたそうだ
近所の人が家にかくまったりしていたとも聞いた)
高校も合格していた。おとなしいけれどシンは通った人で
長い髪をいつもきちんと三つ編みにしていたかわいい人だった
しかし父親の酒乱は近所でも有名だったらしく,先生は
「もしも誰かの所へ連絡があったら伝えて欲しい
学校はいつでも卒業証書を渡すから、と。」そう言った
Kちゃんどうしていますか?幸せになっているかなあ
もう25年も経とうとしている・・・・
天国から地獄
さわらさんから私のバナーを作っていただいた
こんな時ネットをやって良かった、HPを作って良かったと
心からそう思う。ありがとうございました
以前も書いたけど子どもの見るアニメで(ワンピースという
海賊モノ)主人公が「オレはひとりでは何も出来ない
みんなに助けてもらわないとダメな人間なんだ!」というのが
彼の最強の武器だと言う
そう言う人を目指すのは悪くないと新しいバナーを見て思った
人の感覚は変わる 変えられる
感覚といえばふと思い出したのが楳図かずおのマンガ
醜い男が美女を好きになったが自分の自信のなさから告白はせず
裏工作でついに結婚。新居は窓もなく何もかもが少しずれた設計で
インテリアもダリの絵や、不安をあおるようなデザインだ
家に入ったとたんめまいがする妻。外出は禁じられ1日家の中
幾日も過ぎるとだんだん慣れて,泣かなくなり楽しそうになる
ついには外に出るとめまいがするようになり
醜い夫とのベッド・インを許すのだが・・・(続きは内緒)
人の感覚は環境に適応しているから,今の状況を普通だと
感じる。もしかしたら異常な状況でも、本人には普通だったり。
ちょっと恐いよね。同じモノを見ている人はいないのか
自分の感覚を正常だと言い切れるのか・・・
ちょっと別の話だが、キライな人がスキになると言う場合
自己防衛反応で状況に無理やり自分を合わせようとする事かも。
監禁されたりすると加害者と被害者に奇妙な情が生まれるという
ペルーの日本人人質事件では犯行グループにフクザツな思いが
当時あったらしい。寝食を共にすると生まれる感情も同じ。
見合い結婚などでイマイチな人だったのが案外ピッタリだったり
職場でやな奴でもずうっとペアを組まされると、親しくなったり。
学校でキライな子と隣の席になってそれなりに話せたり。
そう言う事は全て自己防衛反応で、自分が辛くないように
嫌いな人でも「好き」と暗示するのかもしれない
イマドキの子はそんな反応が鈍いと思う
キライ,ムカツク人に絶対慣れようとはしないだろうから。
それって自分も辛いんだろうな・・・
「お寒ございますねえ」なんて白々しくてもペコペコしてても
オバさんは世間を守っているのでなく自分を守っているんだ・・・
2001/2/2
快楽としてのみの学問はいけないか?
掲示板に書いたがドイツの進路選択が納得いかないってことから
思ったが「では、社会に貢献できない,自分の趣味や快楽のため
だけの学問はしてはいけないのか?」という事だ
ドイツ方式では仕事は技術職で行きたいが,広く教養は欲しい人は
もはや学ぶ場所がない
社会の為にならない学問は金の無駄?
(子どもの作文みたいな書き方で悪いけど)
サイテーの仕事でも,バカよりは利口がいい。
本人も嬉しい,社会の根底が変わると思うけど。
大衆が学問に参入すると,研究の足しにはならない。が
お金は動くから結果的にシンクタンクの所は潤う(甘い?)
パソコンの普及はエッチなHP見たさだったって言う笑い話が
(そこのアナタ笑えんかったりして?)ある。
トド(妻)たちが「痩せる薬」をネット通販で買うために
パソコン買ったり(私じゃないよ? 汗)テレビのように普及。
パソコンの値段は下がるし,一大マーケットになった と,いうことでユーザーが増える事で影響力も大きくなる。
勉強もこういきたいなー
民法七三四条 近親結婚の禁止
怪しいテーマで申し訳ない。韓国では昔同じ苗字は結婚できなくて
駆け落ちや心中が多かったと聞いて,そう言えば日本は
三親等内は結婚できないとなっているなあと思った
近親結婚の禁止は優生学上よろしくないという事と
道徳上感心しないという事だろう。
悲恋小説などで実は愛し合うふたりが兄弟だったと言う設定は
よくあるが、兄弟で恋愛するという事を悪い事だと
言われるようになったのはつい最近ではなかろうか?
エジプト王家や日本の皇室でも「血族結婚」は奨励されていた
同族で権力を守る為。他人の血を入れないため。
古代エジプトなんて親子や兄弟婚は理想的だったようだ。
それが遺伝学なんて発達してきて負の部分が出てくると
近親婚が「とんでもない」事に変わった
世間が「とんでもない」と認識する事で「道徳上」良くないと
広がって来たわけだ。現在いとこ同士でも歓迎はしないと思う。
結婚は他人とするもの、それが当然という認識。
子どもを作らなければ遺伝上は問題はない。でも、だめ。
なんとなく納得できるようなできないような・・・・・・
さらに姻族間でも適用されるらしい。義理の親子など
血がつながっていなくてもダメ、などなど。
私は一人っ子なので兄弟の感覚がない。だからこんな話を
書くのだとと怒られるかなあ。ただ、モラルというのが
その時の背景によってずいぶん変わると思ったのだ。
2001/3/3
2001・3・10
結婚式の料理は食べ残しは4分の1も、だそうだ
だからオバさんたちが昔「タッパ」に入れて持って帰ったのは
正解じゃん!今うるさいんだよね。食品衛生上。
ダサイ行為でなく大切な行為だったのだー。オバさんえらい!
2001・3・6
新聞の書評コーナーにこんな本があった「マスターベーションの歴史」
(東京新聞より 石川弘義 作品社)なんというインパクトの
強いタイトルだ!読みたいとかでなくても,目が吸いこまれた。
ちなみに立派な研究書だそうだ。どうやって研究したんでしょ・・・
HPもインパクトが強いと「お?」となる。度肝を抜く事も必要か。
NHKスペシャル 巨額リコールからの再建
昨年8月にブリジストンのアメリカの子会社が大規模な回収を行った
米国に広まった非難と売上の減少・・・
印象に残ったのは米国民のブリジストンへの対応の不誠実さ、遅さを
強く非難する声だった。私はえひめ丸の事件を思い出した
不透明さ、遅さをいうならばえひめ丸への対応はどうなんだ?と。
アメリカの合理性はわかる。ブリジストンへの追求もわかる、が
日本がえひめ丸事件の真相究明と公開を求めると、歯切れが悪いのは
問題に思わないのは何故か?アメリカの合理性は所詮自国限定だ・・
企業で一番大事なのはイメージだとブリジストン幹部は語る
そう「イメージ」は大事だ。信頼・清潔・安全・快適・・・etc
良いイメージを大衆に広め定着させるのは大変な努力も資金も時間も
かかると思う。商品と同じ位イメージ戦略は大切だ
個人も同じだと思った。自分はどんなイメージを人に与えたいか?
美しい、頭が良い、やさしい、誠実、根性がある、など
人によって違う。自分の「イメージ設定」ってどんなだろう・・・
うーん、私は「史上最強の母神」なんてね。あなたは?
2001・3・5
養老孟司の「続・涼しい脳みそ」を読み返していたら
お子さんが扶養家族のことを「不用」家族だと思っていたと
書いてあって,笑った。当たり前でも,知らない事は良くある
ヤフーをヤッホーとよんでいた私はかなり恥ずかしい存在だが
ヤッホーのおかげで恥も掻いたので記憶力の悪い私でも
ヤフーという単語は忘れられなくなった。
「聞くは一時の恥。聞かぬは一生の損」昔の人は正しい・・・
知らない事を聞くのは勇気が要る。聞いたのに忘れて
また聞くのはさらに大変だ。同じ人に聞くと無知な上に
記憶力の無さもばれる。同じ事は別の人に聞こう・・・
いやいや「私ってえ,バカだから忘れたんだけどおー」
これで時間も,新たな人材探しもなくて済む
あなたの(私の?)プライドなんて誰にも興味は無いのだから。
「プライドを捨てよ。されば知識は得られん」
「プライドを気にするのは本人だけである りん」
宮本武蔵にハマッタ息子仕事から戻るとなんと子どもがテレビの「宮本武蔵」を見ていた
「話がわからなくなるといけないから、あんまりしゃべらないでね」
と,コマーシャルの度に話す事に・・・なんで?と思ったが「どらえもん」で宮本武蔵をやったから
見たかったという。ヘー。剣豪って技だけじゃダメなんだ
タケゾウの頃は言葉も悪くて,皆も嫌いだったけど
武蔵の名をもらってからは言葉も丁寧になったんだよ
とか解説してくれるのが不思議だ
彼の説はもうひとつ。「強い人はチームワークがつくれない。
だって強いからひとりで大丈夫だもん。みんなで力を合わせるのが
苦手と思うよ。」ご高説を拝聴して思い出したのは
子ども番組の海賊のアニメだ(ワンピースといいます。
テレビは子ども番組というこのごろです・・・(-_-;))
敵と戦っているとき(強い敵)主人公が言う
「オレは、皆に助けてもらわないと何にもできない人間なんだ!」
彼の自慢は仲間、人脈なのだ
(話がそれましたね)男の子を持ったのがうれしい一瞬がある。「武蔵」もそう
私もかなり女らしくない趣味だったが、野口英世の伝記程度
さすがに宮本武蔵や織田信長系の歴史物は興味は少なかった
「男」の世界が幼い彼の中にもあった
絶対分かり合えない「男」は自分の体で育んだ子どもでも
そうなのだ。その辺が,自分の手の届かない所が
妙にうれしい。淋しくもあるが,やはりうれしいのだ私の人生の目標のひとつは子どもを成人させて「捨てられる事」
親の養分を全て吸って育って遠くへ飛んで欲しいまあ、できればテレビでなく吉川英治(えいじってこの字でしたっけ?)
の「宮本武蔵」を読んでくれるとまたしびれちゃうんだけどな
(むり。小学生だもん。近未来に期待)2001/1/3
本当のボランティア
実家から持ってきた新聞のスクラップを見ていたら
1979年の記事(たぶん読売?)にこんな記事があった「お困りの方は自由にこの箱の中のお金をお持ち下さい」と
街頭などに置かれた善意の箱「地の塩の箱」の創始者で
詩人の江口榛一さん(65)が千葉県船橋市の団地で
首を吊っているのが見つかった。日記帳には「病気で体が
動かなくなった死んだほうがよい」とか覚悟の言葉が
残されていた。ひとり暮らしで収入の道もなかったが
生活保護を受ける事を潔しとせず困窮に耐えながらの
伝道一筋(クリスチャン)の生活だった 1979・4・24人の為に,と口で言うのはたやすいが実行することは難しいです
お金持ちが何千万寄付するのはその人には「余裕」から
やっているけれどやっと食べている人の一万円は大変。
もちろんお金持ちの巨額の寄付は有効だし,それが
寄付の大半を締めているんだろうなと思うんですが
人の「善意」の問題ならここまで人に(社会に)尽くせるでしょうか?自分の事で精一杯というのは言い訳に過ぎないかも。
得意の私の言い訳です。反省(反省ばっか。サルか!?私)オマケ・・・79年の未来予想で「現在100万円台のパーソナル
コンピューターは10万円を下まわり一般家庭でも購入できる
段階まで来るだろう。現在の日常会話とかけ離れた言語も
改良され豊富なソフトウェアによって知識のない主婦層にも
広がりを見せるだろう・・・って!当たってる!
COBOLとかFORTRANなんて習ったんですよねー私の時代
うーん,恐竜のいた年代ですなー2001/1/15
学歴コンプレックス
学校なんて辞めたい。十四歳の子はそう言った
私は,それじゃ私行きたい,と思ったインターネットでは学生さんが多い。タダで見られてありがたい
学生さんでなくても,主婦やOLさん、などもHPで
「**大学**部卒」とあると,カッコイイと思ってしまう。私の仕事場はホテルのベットメーキングなど力仕事だ
学生アルバイトはいるけれど、オバちゃん仲間に高学歴は少ない
障害者,外国籍の方もいる。10ずつ数えられて200くらいまで
概念があれば頭はそんなに要らない私自身高卒で,大学という所にあこがれている
母子家庭で苦労したから進学できなかったのでなく
大学行くほど頭良くなかったわけだ。
お気楽な公立高校で趣味に走っていて受験に通るほど甘くない幸か不幸か友人に恵まれすぎて大学で遊び(ごめーん)いや,勉強を
している友人を横目で見ながら就職。友人と自分を比べる事は
愚かだが自分だけ取り残されているコンプレックスは付きまとった
就業後の時間に英語学校に2年行った
でも,学卒の同僚とは違うのだ・・・主婦になっても学歴コンプレックスのようなものは残った
で,今は?これはインターネット効果かもしれないが
無学な事がけっこう個性的?に感じてきた。頭のいい人は
たくさんいるが、こんな変なやつはいないだろう!と・・・
学力も個性だ。私がハーバード出の私ならもうそれは私ではない
そういうわけで、最近コンプレックスはどこかへ消えた
でも息子が巣立ったら受験というものに挑戦してみたい
勉強はキライじゃない。頭が悪いので出来ないだけだ。
(頭の優劣は記憶力・判断力・応用力など色々だが
私はどうも記憶力が悪い。これはヤバイ。暗記が苦手)
十何年後、新聞に「オバアちゃんが**大学合格」なんて載ったら
それは私かもしれない。なんちゃって。夢があるでしょ
そういうわけで,中学生のかわりに学校行きたい私であったオバさんのお説教・・・学生の皆さん「勉強せい!」私の分もね
学校は行けるに越した事はない,行ける年齢は限られている。
何の為に勉強するかって?うらやましいから,楽しいからという
私の能天気な答えも許して欲しい。自立したい,働きたい・・・?
でも働く事はいつか必ずしなくてはいけないんだから、あせらずに。自分の人生なんだから・・・
十四歳の子が言った「家を出たい」実はうちは大騒動だったのだ
何故家を出たいか「人生は1度しかないから好きな事をしたい」
一理ある気もするがまだ中学生。好きなこととは自分で金を稼ぎ
生活できてからするものだ。大人はそう言う。正論だ
でも本当は私達は知っている。大人は好きな事をできない,という事
やりたい事をみんな持っていた、でもその道に進めた人は少ない
挫折・妥協を繰り返し息をしているのが「大人」というものだ
彼女は本能で親の保護下の今でないと自由がないと悟った?本を読むといじめられるという状況は皆さんにわかるだろうか
私の仕事場で以前いじめられていた人が本が好きだった
しかしオバちゃんたちはそれは気に入らないのだ
「本が好きで図書館行ってますって、何言ってんだ馬鹿
うちは本があって狭いから困るなんて言うなら捨てちまえ
頭悪いんだからカッコつけてんじゃないよ!」
その人は頭が悪いのではなく「かわいい」「グラマー」だったのだ
その上頭が良かったらいじめの対象にしかならない
そういう世界で教養は邪魔だ。(本イコール頭がいいという発想!)
好きな本も読めない世界、それでも大人は自由だと言うんだろうか
普通の企業ではこんな事はないだろうが
別の「不自由」が存在するだろう。千の会社,千の不自由・・・彼女の「モラトリアム」は無事に過ぎるのか?加速度的な行動と
激情に大人は戸惑って,どうしていいのかわからない
「大人ばっかり自由で,差別だよ」それは違うってば・・・彼女の泣き声と大人の怒号の中頭の中で「差別って事はそれとは
違うんだよ」彼女の、体と反対の幼さを思った私だったあー、なんかつかれたなもう・・・
2001/1/13