昔のボク通3 1994年から95年
1994年続きです こんな事件があったんですね・・・
私事ですが病気事件も載せました。皆さんも健康ならば
病気を考える絶好の機会ですよ。
ピアノ殺人事件
近所のピアノがうるさいと殺人した男は聴覚が敏感だそうです
だから逮捕されても刑務所のうるさい環境よりも
死刑にしてくれと頼むくらいだそうです。おお・・・
子育ては社会参加ではない
子育ては社会参加とは言えない。それはそうなんですが
では,私たちのしている事はなんでしょうか?
子どもを育てると言う行為は,確かに個人のものですが
そうやってひとりの母親が育てているから命がつながっている
のではないかと思うと社会参加といえると思うのです
戦争中国策で「産めよ増やせよ」と言われたのはなんだったのか
子どもイコール国の戦力だったからでしょう。
発展途上国で人口調節に苦労するけど、それもまた
「社会」のためでしょう?(ちょっと屁理屈)
「ハゲワシと少女」のカメラマンの死
車の中で変死していたそうです。戦場で死ぬ覚悟がある、と
言っていた彼が死ぬなんて信じられないと関係者は言う。
彼の写真が報道された時から「少女を救うべき」「人間性は零点」
など写真への非難が世界中で起こった。彼はこれを十分承知し
「こころを鬼にして取った、だがスーダンの悲惨な現実を
みんなはどうやって知るのか。あの写真以上の伝え方があるのか」
と反論していたと言う。同感です。彼の冥福を祈ります。
新宿バス炎上事件の時
数年前のバス炎上時。ちょうどいあわせたカメラマンが
写真を撮って,他の人達から消化活動を求められてもシャッターを
切っていたという。が,そのバスには妹が乗っていた・・・うーん
仕事の命題というのはあると思うんですよ。
娘を焼いてまで面を掘った男や,医学実験をした男など。
その人の「しなければならない」「したい」ことが例え世間に
わかってもらえなくても「やる」・・・・・・
ガンということばを越えて・・・
ガンといわれた動揺したけれど無事退院。
パパの病院へ通う途中で,妊婦らしき奥さんとダンナ、というカップル
がいてむしょうに涙が出た。私たちもあんな時があったのに。
なぜあの人達がしあわせそうなのに,私たちはこんな病気に
なってしまったの?と全く知らない人を憎いと思ってしまったり
どん底の気持ちだから自分の心の黒い所が見えた気がします
先輩が「あなたは強いからそういう事を乗り超えられるから
運命を与えたのかもしれない。私は弱いからだめなんだけど」
といった。ちがう、ちがう!苦労なんてしたくないよ。
何もわかってないくせに,とまた恨んだり。
病気が治って心も落ち着くともちろん冷静になって
いろんなことがしっかり見えるけれど,よく宗教にだまされるのは
本人も悪いという。でも人間痛い時そこを突かれるとだめですね。
ぐらっとくるかもしれません。ともかくもう大丈夫!
自衛隊ルワンダへ 武器はどこまで許す?
機関銃を持っていく事,私は賛成です。戦闘に行く訳でなくとも
危険地区だから。護身の為に武器は最大限許します。
安全な国にいると麻痺しますが世界では個人の銃所有をできる
国は多いし,政局の混乱している国ならなお危険。
テレビのインタビューで五十代くらいの女性が「拡大解釈に
つながる。大反対。人道的というなら武器は持たず丸腰で
行くべき。民間ボランティアは武器は許されないのだから」といった
私は未知の危険がある国には武器の携帯は当然の権利と思う。
丸腰で行って万が一の時は殺されなさいと自衛隊員に言えはしない
「使わないほうがいいが,持っていく」これが私の意見です。
余談だけど自衛隊員になる国民がいなくなったら?(そんな訳ないが)
強制兵役なんてできないだろうから,軍隊のない国家が
実現するのかな?でも自衛隊がなくなって,それでいいの?
若者(十代二十代)の方が違憲と考えているらしく
これから何十年か経つとどういう方向へなるのかなー
「要らない物を送る」ボランティアはギマン?
ボランティアで古着や(最近はタイ米)不用品を海外へ送るのに
「それは本当のボランティアとはいえない。
自分にとっても大切なものを,相手に見返りなく送ってこその
ボランティアだ。例え数は減っても新品を送るべきだ」
という意見がある。
私は困っている所には数が多いほうがいいと思う。
もちろんダメな物はいけない,礼儀です。
不順な動機でも多くの人が助かる方がいい。
心がこもっている1円と不順な一万円なら高いほうが役に立つ。
多くの人はそんなに献身的じゃないですよ。マザーテレサは
そんなにいない。「自分に余裕があったら」のボランティア。
それから,古着ですがなんで古着が失礼なの?
私は貧乏育ちなので,知人やご近所のお姉さんたちの
古着を着ていて今も,友達や親戚のお古はもらいますよ。
「新品」でなくては、という思想は金持ちの思想だよ。
子どもの服もお古もらって重宝しています。
古着に対する偏見はないです。ただし,私のモットーは
「嫌いな人からはもらいたくない」後は好意はオッケーです
要らない物をもらうことも多いけど,人が善意でくれるものは
全て受け取っています。コニュニケーションの意味もある・・・
「あなたのお古も使えるわよ,親しいのよ」という事。
というわけで,ボランティアは理屈より「もの」「かね」って大事
国家・国旗のない国 日本
卒業式で一組の親子が国歌斉唱の時起立しなかったそうだ
(国旗掲揚の時も)個人の思想の自由は認めるが
それではみんなが認める国歌・国旗は日本にはないってこと?
もしも国民投票で新しい国歌・国旗を決めたらみんなそれに従うの?
そして投票の結果今のものが第1位なら反対派の人はどうするの?
私は本音は何でもいいんだけど,この時期必ず起きる国家・国旗
拒否という行為に日本という国の不安定さを感じます
国旗を見て泣けなんて言わないけど,どうにかして欲しい感じ。
丸刈り,学校の厳しい規則
丸刈り拒否で登校した生徒と生徒会の生徒のやりとりを読んだ
「人権に反するから間違った校則だ。憲法違反だ」
「ここの生徒なら守れ。皆刈っている。文句は刈ってから言え」
高校のとき「スカートが長くてなぜ悪い」という議論を友人とした
(当時はヤンキーなど流行が長いスカートでした)
友人は「悪いことだと思ってもまず決まりは守るべき」といった・・・
これはガリレオの「悪法も法なり」の考え方だ。
それにしても今,世界で丸刈りの学校なんて
坊さん学校以外ないでしょう?スキン・ヘッドは不良のしるし!?
ミニスカートをはくのは恥?
学校などによく貼ってある写真記事にあったそうです
ミニスカート,性行為,エイズとなることを書いてあったそう。
すっごい三段論法
まともな人ならヘンな書き方と思うはず・・・
アメリカ 2児殺害,犯人は母親だった!
あんなに泣いて(演技)子どもを返してなんて言っておきながら
実は男と再婚したくて子どもを殺していたなんて!
だいたい「子どもはジャマ」なんて言う男と再婚するなよな!
母親の再婚は子どもの一生の問題で,その点男の再婚は気楽だね。
子どもを殺しても男を取ったのが信じられない。
子どもの為に男を殺すならわかるけど。でも,私たちが母親第1に
思うように,この彼女は「女」を取ったんだろうか。
湖に沈んだ子どもたち・・・実の母親に殺されるなんて・・・
つくばの母子殺人犯人は夫
子どもまでよく殺すよね,と思ったがワイドネタにされまくりの事件
自分の子じゃないと思いこんだのかな?(写真は親子ソックリだけど)
どういう時に夫婦は殺し合いするのかな?
夫婦は他人だから色々な事で衝突はあるでしょう。でも、
子どもを殺すというのは?「自分の子じゃない」と思った時
殺意は生まれるのかな。女は自分で生むからまず「自分の子」
の確信はあるけど男は悪く言うと「妻を信じるしかない」です。
ダンナにソックリならホッとし,可愛くなるんでしょう・・が
なんとなく怪しい妻と,だんなに似ていない子・・・ならば?
「産まない性」男性の心細さを感じた事件
アメリカ 強盗と間違えて娘を射殺
強盗と間違えて撃ってしまった瞬間の父の気持ちはどうだったろうか
それでもアメリカは銃は必要だといいつづけるのか
息を引き取る時娘が言った「パパ愛してる」に涙したのは
私だけではない筈。日本でも誤って子どもをひいてしまった事故や
パパの見送りにベランダから(6階)転落などありました・・・
胸が詰まります事故って気をつけていても起こるんですよね
素朴な疑問 自殺タレントは出せないの?
オカダユキコ,オキマサヤ、など過去に自殺したタレントは
テレビ画面から消える。これは自殺の波及が出ないように
テレビ側で規制しているんですか?
世界人口会議,中絶論争
人口増加に対する問題で避妊・中絶といったバース・コントロールを
世界単位で話し合ったが一番の問題はやはり宗教界であった
主な論争の的は中絶で,ローマ法王の「中絶イコール殺人」論に
反対派の意見は代表される。宗教的な思考はすぐに変えられない
しかし地球規模で人口をコントロールしなければどうなるか?
飢えは必ずやってくる・・・
飢えによって人類が滅びる事はないだろう。
生への執着はかなり強いのが人間だから。でも,飢えによって必ず
戦争はやってくる。人口増加の為に,それを放置した為に
流さなくてもよかった血が流れてしまう・・・
中絶,それから人工授精など神の領域とよくいうが
注射や薬、あたりまえの医療行為も,ほかの電気や自動車など
文明の全てが神の領域に踏み込むという事と思う。
「中絶は殺人だから」という声。誰でも平気で中絶する人などいない。
(と思う)しかし中絶は殺人。私はそう思っている。
けれどあえて殺人を犯さなければならない時代に入ったと感じる。
増えすぎた生物は,その絶滅を防ぐために色々な知恵を(本能)
持っている。レミングの集団自殺のように、あるものは数が
増えぬように「死」を選んだり,種を存続させる為に
個々の死はいとわないのだ。
人間がおろかにも戦争を繰り返すのは,そんな本能かもしれない
増えすぎぬように同族で殺しあえと。
それならば私は中絶(バース・コントロール全般)を選ぶ
繰り返すが中絶は殺人だ。でも飢えて一緒に滅びるか
小さな命を犠牲にするか、どちらを選択するか・・・
中には避妊そのものに「反対」という国もあるが論外。
教育レベルを上げ(特に女性)避妊の重要性を理解してもらい
実行してもらう事。中絶と言う苦しい選択をしなくてすむ。
「殺人」しなくても人口調節できるのだ。
特に女性の地位の低い国の課題だ。人口増加の大きい国ほど
経済・文化面で遅れているのだから。
中国の一人っ子政策などはまさにすごい!!中国だから
できることかもしれない。アジアの山岳民族の中には
女性が嫁ぐと,その兄弟全員の妻となる,一妻多夫制の国も
あって、女性の人権侵害と問題視されているらしいが
それは貧しい地域の人口が増えぬように長い歴史が生んだ
人口抑制の知恵なのである。「悲壮」とか「かわいそう」とは
外国の勝手なイメージだ。えげつないのは先進国だ。
(まあ,女としては一妻多夫はしんどいだろうけど?)
人が知恵の,禁断の実を食べたその日から
もう神と袂を分けている。ここまで来たからもう立ち止まれない
信仰は自由だが守るべきルールは
宗教国も実行すべきではないだろうか?
てんかんの子ども
以前育児サークルで論争になった事がある、てんかん。
てんかんの子どもをひとりで床屋へ出す親の話に
自分の子もてんかんだという母親が反論したのです。
まず「てんかん持ち」という言葉に差別を感じた事、
てんかんの子がひとりでいて発作でも起きることを心配している事
てんかんはきちんと薬を飲んでいれば発作のリスクは減る事
世間の間違ったイメージに怒っておられましたし
健常者と障害者は同じにはならないから
障害者は健常者に「できないこと」をやってもらう権利があり
健常者はそれにこたえる義務があること,などを訴えておられました
ただ,床屋の話ですが悪気はないのだと思うんですよ。
世間がてんかんに対する知識が低くていけないんですが
世間はあらゆる事に無知です。私だって昔てんかんの発作を
見た事があってその時は何も知らなくてただ恐かっただけでした
てんかんが恐いんじゃなく発作のイメージが恐いだけ。
だから世の中の「失礼」な人がいてもわからなかっただけという
場合も多いから、どうか障害者の方やご家族には
怒らずに説明してやって欲しいのです。
お互い理解はできなくても努力はしたいじゃないですか・・・
レーガン元大統領アルツハイマー宣言
レーガン元大統領の米国民への書簡がショックであった
ある意味ではアルツハイマーはガンなどの死の病以上に
恐ろしく「絶対かかりたくない」病気である
それでいて誰でもかかる可能性があるから恐ろしい
アルツハイマーか老人性かわからないが私の祖父が
亡くなる前何年かボケていた。母(つまり祖父には娘)が
見舞いに行ったとき「あなたどなたかな」と言われショックらしかった
自分の親が子どももわからなくなると言う、それがボケ。
こういう書き方は怒られそうだがガンは自分の人格を保って
人として美しく生きぬく事もできようが(もちろん大変だろう)
ボケのように精神を破壊されてはわずかの命も何の意味が
あるのだろうかと怖いのだ。精神が失われることイコール死だ
いくら肉体が元気でも人格が無くなったらそれはもう私ではない
死ぬことは怖い。だが自分が無くなる事はもっと怖い
けれど、これはアルツハイマーに限らずあらゆる精神障害にも
いえるとすると、私自身の精神、知的な障害への偏見の心が
あると言う事かもしれない。障害やトラブルを抱える人に対して
絶対に差別はいけない。許されない事だ。できれば愛情を持ちたい
手助けもしたい。でもそれは強者が弱者を見下していると
いえないか?おごった心だとはいえないか?
(話が違ってすみません)
病気は本人はもちろん、家族はとても苦しいと思う。
ノーベル賞受賞の大江健三郎氏のご子息も知的障害があるようだが
音楽の世界で名をなしている。このように花開く人は
いいのだ、一般の家庭では重い現実が家族を疲労させる
とにかくレーガン氏、ご家族にには心からのご多幸を
祈りたいと思う。これからがご家族は大変なのだから。
「安楽死」死ぬ権利はあるのか?
ニュースで見た人もいるだろうがオランダのテレビ局が
難病に苦しむ男性を、医師の手で安楽死させるところを放映したのだ
安楽死に当たっては本人、家族への何回もの確認、
ホームドクターの他の医師の診察など、クリアして安楽死が
成立。もちろん合法だ。
死ぬ権利はあるとおもう。家族への負担、自分の肉体・精神的な苦痛
それらを考え、生きる事よりも死ぬほうが楽ならば仕方ない。
医学の力でチューブにつながれ、苦痛だけの毎日、
愛する家族に面倒をかけたくない。経済的にも負担な家庭は
余計苦労をかける。死ぬ事で家族の負担のなくしたい、と願う
ただし家族が最期まで生きてくれというのなら
がんばって生きぬくのだ。
テレビ局には賛否が殺到したそうだ
医師として何があっても殺人に手を貸すのは許されないと言う意見
自分の家族も苦しんでいると言う悩みの意見など
一つ一つは切実で、重い。
みなさんはどちらだろうか?
アンパンマンはいけない?
こんな事をいった人がいた
理由はアンパンマンが顔を取り替えるのがまずいという事だ
顔が汚れると力が出ないアンパンマンは
新しい顔ととりかえるのだが、汚いものを捨てるイコール
カラード(有色人種)への偏見?
考え過ぎなんじゃないの?
だいたいアンパンマンは日本人(立派なカラードだ)が考えたもの。
どんな作品なら差別に引っかからないわけ?
今年をふりかえって(1994)健康っていいなと思う
パパの病気でパニックな年だった。でも考えた事は多い。
もう絶対いやなことだから,総括しておこう。(以下日記)
パパの調子が悪い。でも休めないといって会社へ行った
帰ってからぽつんと「ガンだったらどうしようかな」といった。
「何いってんの」と笑った答えたが内心辛かったです
朝,パパのパジャマを洗う時,それを抱きしめて私は泣いた
こんな事は初めてで自分でもびっくりしたけど
パパの匂いがついたパジャマが辛かった
どうかパパを奪わないでと祈るばかりだった
入院が決まってうちじゅうが落ち込んでいる、でも
わたしはがんばる。一番辛いのは入院が決まったパパなのだから。
パパは昔ケガで1年入院したから入院自体もとてもいやだそう。
代われるものなら代わってやりたいくらいだ
パパ,早く退院して下さいね病気というのはこんなに不安にさせるのか・・・
初めてわかった。人の痛みって味わった人でないとわからない
って本当だ。病気は本人はもちろん,家族も病院というものの
前には無力だ。言うことを全て黙って従うしかない。
不安で不安で不安で・・・病気,ガンなどといわれた人には,それがどんなものか
白か黒かわかるまで、1日が長く針のムシロだ
こんな気持ち今までわからなかった
しっかりがんばらなくては。パパが安心できるように。
そして子どもの毎日と動揺はママの肩にかかっているのだから。
パパの入院中しっかり家を守るのだ
こう言う時は気分がぐっと落ち込む。
なんとか気分を明るく保っている時人からの一言で
サーっと気分は急降下。大丈夫と自分に言い聞かせても
人の言葉で胸を刺される様だ。ほっといて,と叫びたい。
神様どうか私の大事な人を助けてください。こんな時ばかり
「神頼み」だけれど・・・
子どもは病気を察しているのか手術の日おばあちゃんに預けたら
あの甘えん坊がとてもおとなしく,泣かないでいたという。
おしっこも失敗無しで教えてくれたという。
親の危機をわかっているのかもしれない。ありがとう。
健康のありがたさがしみじみわかる日々。
そういえば待合室で読んだ週刊誌に子どもを亡くしたアナウンサー
が芸能人のガン告白もいいけれど,ガン患者やその家族は
毎日おびえて暮らしている。そんな時ガン告白のテレビ映像は
どんなものか,といっていた。そうだ,そのとうりだ。
パパのガンのことばかりを毎日考える日が続いている私には
よくわかる。胸が張り裂けそうな時もある。
パパの病院へ行くとき電車に揺れれていると,色々な人の顔に
出会う。今まで当たり前に思っていた風景が変わって見える
晴れの日なのに笑えない自分がいる。そしてふと思う。
こうして同じ電車に乗っている人達も,何か悩みや悲しい事を
こころに抱えているのかもしれないと。
お年よりも見ると,今までは長生きでいいなあとか思ったが
こんな時だから私の心はゆがんでいて,曇っていて
どうしてこんなに長生きできる人がいるのに
若い私のパパが病気で苦しむのかと,非難の目になってしまう。
2300年未来への旅という映画で,科学が発達し
人間が病で死ぬような事はなくなったが,その為の人口増加を
押さえる為一定の年齢になると転生の儀式と偽って
処刑するのだ。けれどうらやましくなる。
若くして死の恐怖を抱えるよりも、何十年後かの死で
それまで命の保証があったほうがいい。
なんて考えた1日だった
長くなるのでここまで。病という立場になって
物の考え方がナーバスになったという記録です。
こんな時宗教に勧誘されると弱いんじゃないかなあ?
1995年をアップです
この年は阪神大震災と地下鉄サリン事件が
あった年でした!本当にびっくりしました
阪神大震災で考えた事
死者5000人を超え街は消え,まるで戦争のフィルムのような
映像が目に飛び込んできました。日本じゃないような感じ。
前に神戸に2回行った事があります。ポートピア開催中でした
本当に美しい都市,と思ったけれど,今年のこの無残な姿を
誰が想像できたでしょうか?家を失い,家族を亡くし,
それでも生き残った人々に何かできる事はないでしょうか
地震の多い関東で育って子どもの頃は恐かったけれど
何回も地震を経験していくうちに家が倒れるような事は
今はないのだ,関東大震災は昔だから建物が弱かったのだ
今は大丈夫だ。なんて「安全神話」を信じてきた事が
愚かな考えだったと思いました
むごい地震のニュースの中救われたのは「非常時の冷静な行動」
災害時につきもののパニックや暴動・略奪がなく日本の地元
(町内会などの地域グループ)のつながりが海外からも
高く評価されているそうです
結婚してご近所付き合いって面倒ですが大事なんですね
軍国主義を思い出して「隣組」を否定する人もいますが。
食料や,水も行き渡りすぐの飢えはなくなった今
これからの住宅や仕事など問題はこれからですね・・・
雑誌に日本人町内会の事が書いてあってこうありました
欧米ではボランティアが盛んで日本人も見習わなくちゃと
いう人がいるが地域の自治会や町内会は欧米の教会や
ボランティア団体のやるをやっている。人が死ぬと
隣組がワッと集まる,香典という多額の「募金」も集まる
消防,夜警,数えきれないほどのボランティアをしている
自覚はないんだろうけれど・・・
これを書いた方は外国人です
日本人の「宗教母体でないボランティアに驚愕」と。
うーん,ボランティア?かな?地域限定ですが。
(注:これが何の雑誌だったか書いてないのでわかりません)
びっくり!青島都知事にノック府知事!
えー?都知事は岩国氏,府知事は平野氏かなと思ったが。
おいおい、ちゃんとできるの?
ボランティアって何?
友達からのお便りです
ボランティアと云うものに構えないアメリカ国民を
うらやましく思いますね。子どもの頃からお金持ちのこは
(もちろん財産を増やすのですが,その一部を)すでに
寄付に使っているのです。ほどこすのでなく当たり前の事として
私はボランティアということに含まれるのは
豊かな人が貧しい人に対する「おごり」「優越感」は
少なからずあると思います。ボランティアは必要です。
意義もあるし物理的にお金持ちが巨額の寄付をした方が
助かる数も多くなりますから。
しかし心はいくら自然であっても「ほどこし」は受けたくない
古いですが「武士は食わねど高楊枝」と貧しい私は思うのです
自分の育った環境がボランティアをするほど豊かではなかった
だからかもしれません。親たちは生活に全てを注いで来ました
「貧しい」側に育って,日本人は経済的には急成長を遂げ
金銭は豊かになっても精神的にはボランティア精神に
追いついていないのかもしれません
(注:私は友達からお古をもらうのが大好きです。
人からの贈り物は心をもらっています。カッコイイ!?
でも「ほどこし」はイヤだ。でも飢えたらもらうけど)
娘を亡くした母親の話
踏みきりで小学生の女の子がひかれてなくなりました
葬儀に出席した人が驚いたのは,母親が落ち着いていたから。
「娘は神様のもとで安らかに暮らせますから」と言ったそう。
嘆き悲しむ事が子どもへの愛ではないが、冷静な態度に
違和感を感じたと言う。宗教と言うよりどころは
人には大切だ、この方は信仰がなければあとを追って死んだかも
しれない。狂ったかもしれない。信仰は,神は
生き残った人を救ったのだ。
「私の天国でまた会いましょうね」と言う本がある
余命と向き合うドイツ人の高校生の手記だ
自分と向き合い、悩み、過酷な治療に耐え、それでも人を思いやる
ついには延命治療を断り死を選択するのだ(死後母親が編集)
あたしが死んだら兄弟心を通わせるよう努力をしてね
心の中であたしはパパたちといつも一緒。
それからパパ、あたしの喪の期間は愛する妻との幸福な時間
として過ごす事もできる。愛の結晶のあたしを失ったら
その悲しみはふたりをいっそう結びつける事ができるはず
これをティーンの子が書いたとは・・・。
ちなみに日本での出版は日本人の知人との交流があって
日本が「なじみ」の国であったらしい。合掌。
地下鉄サリン事件にびっくり!
なぜ?頭がパニックになったのは私だけではあるまい。
世界中のテロ事件の度に怒りを覚える。自分たちの主義主張
のためになぜムコの人々を殺さなければならないのか!
サリン事件で亡くなった人は十人に達した
いつものように仕事に出かけた家族をこんな風に亡くす事を
誰が想像できたか。
オウム真理教が犯人?
人民寺院やブランチ・ダビディアンなどの破壊的カルトは
確かにあったがまさか日本でこんな事が!
それにしても「ハルマゲドン」なんて昔はSFファンしか
知らない言葉が一気に世の中へ出た。カルトに共通しているのは
教祖が何かの理由で強迫観念を持つと暴走するということ。
人民寺院のジム・ジョーンズは体調を崩し始めて変になったと
云う説もある。そして仮想敵がいる事。オウムも??
うちの墓のお寺からの小冊子でこんな話が書いてあった
仏教には「祖先がたたるなどと言う考え方はありません
たたる,不幸をもたらすなどと言うのは
この世の人間が感じている不安に過ぎないのです
それを「ご先祖様の霊」のせいだなどとは
人間の勝手な解釈に過ぎません
余談ですがビージーズのバリー・ギブのCDを見て
子どもが「あ!オウムだ」と言いました・・・
ひげが似てるだけじゃん・・・・・・・もう
神様ってなんだと思う?
神とは何か知りたい方はどうぞ
子どもが言いました「神様って石だと思うよ」
そういえば大きめの石があると手を合わせている?
そう,お墓まいりからどういうわけか石は神様になった・・・
ちなみに八月十五日サイレンで黙祷の時,うちの子は
「おもちゃが欲しいです」なんて言ってた(親の顔が見たい)
沖縄 米兵による小学生暴行事件
日米地位協定見なおし等この事件が投げかけた問題は多い
日本てまだアメリカの属国なのね。
ところでアメリカの軍隊の構成はもしかして黒人やプエルトリコ
などマイノリティーが多いんじゃない?(違ったらご免)
在日米兵は黒人が多いように感じるから。
貧しかったりすると軍隊いりするというのはどこの国でもある
だから教育やモラルの低いものが軍隊に入っている可能性も
あると想像した(日本の自衛隊は別。だって国民はほとんど
飢えていないって,この書き方は偏見ですね。反省)
だから兵士による事件も多いのかと思った
米軍基地の存在そのものをめぐって論議が活発になっている
反対している人には大きな事件だと思う
しかし・・・被害者には関係ない
心の傷は社会が騒ぐほどに癒えないと思う