ショートストーリー

注:これらはフィクションで事実ではありません
  たまに間違える人がいるので念のため


喪失感

愛する者を失った時のどうしようもない淋しさや苦しさは
世界共通、誰もが知る(知りたくはないけれど)悲しみの感覚だ

考えてみれば、「お笑い」というのは難しい事だ
だってそうだろう?その人の環境や考え方でどこで笑うのか、が
実に様々。年齢や文化、知的レベル、宗教などなど千差万別

でも、泣く、という落とし方は限られている
一番は恋人や家族との離別、特に死別はどんな年代の人も
どんな文化の国であってもたぶん同じだと思うから。
(近年ペットロス症候群という言葉も有名になったように
飼っている動物の死もまた喪失感の代表となりつつある
・・・ちなみにペットと呼ぶのを嫌う人も増えてきたようだ
家族とか、人の伴侶、子ども、などなど限りなく人間の呼称をする人も増えた)

さて、その喪失感に苛まれているひとりの女性の話を紹介しよう

彼女は10年の不妊期間を経て奇跡的に息子をひとり授かった
夫婦はもちろん喜び、ありったけの愛情を注いで育てた

だが悲劇はある日やってきた
父子で出かけた楽しいはずのキャンプは一転
清流は激流と化し、ふたりの命を飲み込んだ

親子3人の夢のような日々が突然消えてしまった
彼女はその現実に耐えられず、決して他人に見えない世界に身をおくようになった
そう、彼女の目には生き生きと生活しつづける夫と子どもが見えるようになった

彼女は以前と同じように家事をした。
夫のためにビールを冷やし、つまみを用意した
誕生日には新しいゲームが欲しいといった息子のために
発売日に朝から店頭に並びやっと買えたゲーム機をこっそり部屋にかくした
(息子を当日驚かせたいから)
夫の好きな肉じゃがを作り
息子には好き嫌いを無くしたいから、にんじんを練りこんだハンバーグにした

どういうわけかふたりとも食べない・・・
でも彼女は気にせず、また翌日作るのだ。
親子3人の食事を・・・

家族への愛情が強かった場合、このような幻覚を持ってしまう事は
仕方がないと、多くの人が思う。たとえ精神が崩壊した結果としても
しあわせならば、それでいいんじゃないか?とさえ思う

だが実は・・・このケースは違うのだ

彼女は家族はいなかった。
始めから・・・いなかったのである
若い時恋人と自然消滅のような別れになってから特定の恋人はいなかった
仕事も忙しかったし、友達もいる、淋しさは感じなかった
親も亡くなり、ひとりっこの彼女はずっとひとりで生きてきたのだ

ある日知人が自殺したという事件があった
理由は子どもが事故死して、後を追ったというものだ
彼女はどうしても理解できなかった
子どものない自分でも、それがとても辛い事だとわかる
でも、死ぬ事は違う、どうしても理解できなかった
それはショックによる突発的な行動だ、と彼女は思った

しばらくしてWEBで自己暗示によるバーチャル人生体験方法というのを見た
バーチャルな体験ゲームのような?ものなのか?
彼女は興味を覚えた

例えば、自分が世界的なスターだと暗示をかけ、自分の想像する日常を
自分の意識、記憶等に刷り込む。するとその暗示の間は
自分は本物のスーパースターそのものなのだ
(所詮、現実とは自分自身の脳が現実だと認定したモノに過ぎないから)

そして彼女は、夫と子どものいる生活、そしてその喪失というストーリーを
設定し、体験時間内は「本物の」家族を持って、そして、失った。

意識が現実に戻ると、すべてが戻るはずであった
皆さんは夢を見た時、それが悲しかったり恐かったりした夢なら
醒めた時「ああ夢だったのか、良かった」とほっとした経験はないだろうか?
そんな風に、色々な人生を体験しつつ自分の本当の生活は
何一つ変わらない安心感が、自己暗示の体験にはある

でも彼女は・・・・・・現実に戻りはしなかった
なぜなら、彼女の意識は戻る事を拒否したからだ

苦しいはずの喪失感、さらにそれを越えられないための精神崩壊
それでも、彼女の意識は暗示を解かない

セラピストが彼女の意識下に問いかけた
断片的な情報からわかったのは、こうだ

彼女にとって、今回のバーチャルな家族との時間は「本物」であり
もしも現実に戻ったら、家族もいなかった、家族の死もなかった
何も・・・無くなる。自分の辛さも無くなる
この辛さこそ真実で、子どもを抱きしめたぬくもりも
何もかも全て嘘にしたくない・・・・・・という

ふぅ・・・
こんなケースが増えてきた
現実逃避というのではないが、バーチャルな人生から戻りたくない人が
最近増えている。それに警鐘を鳴らしても無駄だと思う
なぜなら、人はしあわせを求めていて
その、しあわせとは、ほとんどが現実の世界では100パーセントの
はずがなく、半分?いやゼロに近いかもしれない
だから「戻りたくない」人を責められない

不思議なのはバーチャルな人生が苦しいのに
なぜか戻りたくない人が多いということである
本来人生は苦しいもので、そこにこそ喜びがある、とでもいうのか。

会社や学校、家族、など社会の人間関係崩壊と言われて久しい
人はWEBを通してだけ友を作り語り合うようになった
WEBの使い方も自然発生的に秩序ができ、昔のような
暴言の場も無くなりつつある
そうして壊れやすい心でもやっていけるWEB仲間・・・

なのになぜだ?傷つくためのバーチャル人生に人が群がるなんて。

*****

暗示が終わった。
私は今流行の自己暗示バーチャル人生を楽しみ、今意識を戻した
今回はこのWEBそのものの関係者になってみた

実際には私は次のヒット作を考えなければならないので
自分に近くて、かつ客観的に見るような存在を体験してみた
多発する「戻れない」状況も改善しないといけないし、大変だ

こんなストレスを抱えると、つい他の人生を選びたくなる
ほんの短い時間、他の人生を楽しもうか・・・?
ほんの少し、少しだけだし・・・

そうして自分の作ったWEBにクリックした
そうだな、自己犠牲してまで人命を救う人間なんて設定どうだろう・・・

*****

彼は戻れただろうか?

(終)

************************

以前ショートで子どもを亡くしておかしくなってしまった親の話を
書きまして、前半部分はそんなイメージですが、今回は
例の秋葉原の殺傷事件などネット依存の事も頭においてみました

ネットは悪い事じゃないです(って利用してるんですし 笑)
ただ依存度が高くなりやすい、かも。
学校や会社、地域、家族、人間関係それぞれ100パーセントうまく
やっている人のほうが少ないでしょう
だから自分と相性のよい人々を探せるネットの場へ向くのは仕方が無いです

でも・・・決して良い所じゃない「現実」へも、戻らなくちゃね

(今回は安定した現実社会がメインでバーチャルに辛さを求めると言う
設定で書いてみましたが、現実逃避だから同じ事ですね)

2008/7/5


高給優遇のおしごと

死刑廃止論の世論が弱まってきたのは仕方が無い事だ
だって、こんな物騒な治安の悪い今刑罰を軽くしろと
誰も言えなくなったんだから。

法務大臣の死刑執行も格段に増えてきた
サインには人命がかかっていて思い責任を感じつつ
署名していますと、どの大臣も話す
だが、一番辛い思いをしているのは誰なのか?
そう。死刑を実際に執行する刑務官たちだろう

誰が好き好んで、たとえ相手が罪人だとしても、殺人をしたいと思う?
それが仕事だろう、などという人がいるのだろうが
刑務官は犯罪を犯した者の収監を見守る事が仕事であって
殺人したいわけではないだろう。精神的に死刑は辛かろうと察する

だが、一方で死刑という刑罰の必要性もわかる
罪のない人々の命が奪われ、被害者やその家族の無念
死刑囚の人権などと言う前に、被害者の人権はもう無いのだ
(被害者の苦しみは一瞬で、加害者の苦しみは一生だなどと
言った人物がいたが、とんでもない事だ。そうだろう?
それに残された被害者の家族も、加害者の家族も
一生苦しむのだから・・・)
だから報復としての死刑の機能は、果たさねばならない

執行は必要、だが、刑務官の苦悩もわかる
ではどうしたら?

そこで特別職としての死刑執行人職を制定する事とした
それはある程度以上の規定をクリアしているならば
国民誰もができる準公務員職である

給与はもちろん破格の高級。秘密を周囲に知られないように
一般の勤め人風に通勤できるよう配慮される
毎日ある仕事でもないから年に数回のシゴトであるから
自由時間もタップリ使える

それでも、募集に人は集まらないと思われた

だが・・・不景気もあいまって予想以上の人が殺到
選出に苦労するほどだった。結局面接でその人の思考傾向を重視し
やっと予定人数を確定した

選考基準のひとつに、ナーバスな考えをしない事
事務的、客観的に物事を捉える事、という項目があった
ホラ医者も、とても性格が良くてもやぶ医者というか腕が悪いよりも
どんな悲惨な患者を診ても動じないくらいの方が
現場の対処がよかろう?それと同じ理屈だと思う

さらに選考基準には正義感に基づく報復への理解度も重要視された
カンタンに言えば、被害者が気の毒で犯人は許せないという意思
昔の中東などで民衆が罪人に石を投げた刑のような?
国民として刑を後押しするぞ、というもの

そうして死刑囚は短い期間で刑を執行されるようになった
長い時間拘留しておくだけの予算もかからなくなった
冤罪には注意を払わねばいけないが、明確犯にはとても良い

*****

そしてあれから時代が流れて今どうなっているかというと・・・

人気のTV番組は何だと思う?それは死刑執行の実況中継である
長い年月で死刑も変容してきた。
国民の報復感情の変化で死刑方法もまた変わってしまった
楽に罪人を殺しはしない、被害者同様苦しんで絶命せよと
被害者と同じ方法で死刑にしようとした事もあった
そして、今は、それでも手ぬるい、もっと苦しませようという世間の声に
従って、まるで昔の流血プロレスのデスマッチのように
生きて出られないリングを設定しそこで執行人たちが
死刑囚を殺害するのである

それをTVで放送するなんて後退した文明だ?
そんな事言わせない。知性が人間社会にもたらしたものは何だ?
混沌と堕落じゃないか!

現に凶悪犯罪は激減しているし、暴れる若者もいない
昔、成人式(昔は20歳だったな)で暴れたバカな若者がいたっけ・・・
地べたに座って、飲み食いしたゴミを道に捨てていく輩もいた
今の若者は昔ながらの常識を遵守している

大人もそうだ
子どもに虐待する母親もいなくなった
妻や恋人に対する暴力、DVと呼ばれたそれも、なくなった
大小問わず横行した詐欺や横領も減り
労働力不足の一因として問題になっていたひきこもりも減った

なぜなら、それも死刑の可能性がある犯罪となっていったから。

軽犯罪を取り締まっていけば重犯罪も減る
昔からの割れ窓理論は健在だ
厳しくなんか無い。国民が健全な生活をすれ良いのだ。

さてTVをつけよう。死刑の時間だから。
これは強制なのだ。見ないと罰則がある、国民の義務だ
あれ?今日の死刑囚はお隣さんじゃないか!
何をやったんだ?ああ、近所の子どもにゲンコツをしたと暴行罪か。
体罰の時代は終わったと言うのに時代が読めない人だな・・・
二人目は隣町のヤツだ。これは反対のケースだ
注意した大人にくそじじぃと言い返した小6の子どもか。
親のしつけがなっとらんな(少年法は今はもう無い)

良い時代だ。良い国だ。かつて無いほどの治安がっここにある

(終)

*********************************

鳩山法務大臣が死刑執行を連続して行った事に対して
一部マスコミが死神と書いて何かと話題になっていますが
歴代の法務大臣は自分の信念で執行を拒否した人もいるだろうし
なるべくなら自分のサインをしたくない、と逃げ腰の人もいたでしょう
制度がある以上執行はやむをえないと私は思うんですが
以前読んだ本で刑務官が執行するので、彼らの苦悩を考えると
仕事とはいえお気の毒で、いい案がないかなと、考えたのがこの話。

私たちは死刑にしろと口ではいえるけれど
自分で手を汚すわけじゃないです
そういう辛いことをやってくれる人がいるから法が守られている
その事を思わないといけないですね

死刑が抑止力にならないとTVで亀井氏が言っていました
一部の猟奇殺人などはそうですね。精神的に破綻している人には
何をしても効き目はないないでしょう

でも報復という感情がある限り死刑を否定するわけにはいきません
できれば死刑は無いほうがいいけれど、被害者がいる限り
無くす訳にはいかない・・・

理屈では死刑廃止論にはかなわないです。が被害者感情という一点において
それを私はこえられない。

この話の中で書いた「被害者の苦しみは一瞬だが、加害者は一生だ」と
いうのは一時話題になりましたね。この加害者寄りの人権意識がある限り
死刑廃止が世論を動かすとは思えません

2008/6/28


早い、安い、カンタン便利

昔は犯罪者を裁くのにずいぶん時間がかかったもんだ
うん、わたしの若い頃までは。

まず裁判にとてつもなく時間がかかって
重大事件は10年単位でしか判決まで進まない
原因は裁判官の数にもあったと思うんだ

世界で一番難しいと言われ事もあったわが国の司法試験
誰でも合格できるのは行き過ぎだが膨大な資料の暗記だけでも
タイヘンな事で、専門バカという言葉があるけれど
まさにそうした人を生む事になった気がするよ
だってそうだろう?あれだけの勉強をするのには
犠牲も多かろう?青春だなんていうつもりは無いよ
でも、社会の圧倒的多数を占める一般人(多くは低所得で
だから自動的に低学歴、低レベル。どこの国だってそうだけれど)の
起こした犯罪を裁くのに、彼らの世界を知らないでセンセイに
なるのはどうかなと思うが?

さらに、医大ほどの金はかからないにしても
司法試験に合格できる優秀な人間は、勉学に適した環境を提供できる家庭
と言う事になるから、自動的に金持ち家庭って事になる
(と貧乏なわたしは考えてる)だから庶民の感覚からは遠くなる

そうして少ない数の裁判官が膨大な数の事件をこなすんだから
時間がかかるのは無理も無い。司法にかかわる仕事でも
弁護士のほうがお金がいいらしいから、試験に合格しても
弁護士に流れるってこともあろうだろうし。

そんな状況を変えようとして、まず始まった裁判員制度というのが
始まったんだ。国民の中からランダムに選出した人が
裁判官と共に裁判に参加し、裁判の迅速化になるかも?というのだ
それと一般の国民の参加によって、裁判を国民の感覚に近づける
という目的もあった・・・らしい

アメリカの陪審員制度とは違って、わが国の裁判員制度は
実際には結論はかなりプロの意見、つまり裁判官の意見にウェイトが
置かれたから民意を反映したとは言えなかった

世の中は荒んでいくし(世界的にも仕方の無い事ではある
だって地球のエコバランスは崩れてきて、異常気象や災害は多発
限られた資源や食料の取り合い資源、人間社会の週末かもね)
だから犯罪も増えてきて、裁判員制度なんかでは追いつかなくなった
刑務所はもう定員オーバーもいいとこで、100パーセントとかじゃなく
200パーセントの刑務所もある(新幹線の夏休みの乗車率じゃないんだから)

もう、限界

そして導入されたのが人工知能プラスWEB判定方式だった
従来の裁判官の役割をコンピュータがやり、一般人の判定をWEBで
多数集めるというものだ(

人工知能といってもSFじゃあるまいし、実際に判決を出す時に
キカイは考えたりはしない。彼らは(ネットワークを組む多数の
キカイなので単体でない)過去の裁判資料を全て記憶し
それに照らし合わせ、さらに一番民間の評価の良いものを選び判定する
(そのために彼らは、一般の週刊誌やWEBの書き込みなども全て記憶
人間業じゃないネェ、って人間じゃないけど 笑)

余談だが昔、チェスのチャンピオンをコンピュータが負かしたというニュース
あれもまた、キカイがひらめきで勝ったのではなく、あらゆるパターンを
記憶してひとつ、ひとつ、とあてはめただけ。ただし、早いんだけどね・・・

犯罪に応じてキカイの判定とWEB判定の割合を変える事とした
例えば許せない殺人事件などは、民意を汲むために、WEB判定の割合を多くし
専門的でかつ、民意の反映を実現できるようになった

裁判官の給料もなくなりキカイのメンテナンス費だけになって
予算的にも良い事だった。

何よりも支持されたのはWEBでいつでも自分が参加できる事
ぜひ判決にひと言いいたい、という場合もあるだろ?
ニュースを見ていて、許せない犯罪者がなぜあんな軽い判決?という
歯がゆい思いは誰だってあると思う
そんな消化不良がなくなった

まさに、安い、早い、カンタン・・・スーパー大安売り(笑)

さて。今日の裁判はどんなものがあるかな?
WEBを見てみよう。

OLが別れ話のもつれから恋人を殺害・・・うーん、状況は?
お?写真が出たぞ。何だ〜ずいぶんとブスじゃないか
こんな女じゃ別れたいよな。被害者に同情するな
よし、量刑は一番重いのにしてやろう。

*****

こうして民意を反映していったのだけれど
気がついてみると、科学のまだ発達していない古代の民衆と
全然変わらない気がする時もある

何が、良い、悪い、が単純な見方だけで決められ
民衆は感情だけで流されて、悪い判断であっても
多数派が善になる、という愚行・・・

いや、これでいいんだ
世界の善悪は誰が決めると思う?
神か?だとしても現れてくれないんだから、だとすれば
善悪を決めるのは・・・わたしだよ
ホラ、こうして今日もクリックひとつで人の命が、人生が
消えたり、つながったり・・・

*****

数年後、ホストコンピュータは裁判機能を停止した
人のWEBにおける判決がキカイの記憶資料とは
どんどん離れて、理解不能になっていったからである

凶悪犯であっても容姿端麗な人物が無罪になったり
軽犯罪のはずなのに印象が悪い人物が、重罪になったり
もはや法であって法ではなくなっている

法治国家の根本が怪しくなった今、この国は何処へ逝くのか・・・

ふと振り返ると祖母が大事にしていた絵本が棚から落ちた
ケイト・グリーナウェイ?誰だ?
誰だかわからないが、開いたそのページにはこんな文章があった
「だんだん ばかに なっていく」

(終)

*********************************

連続幼女殺人事件の宮崎勉死刑囚の死刑がやっと執行されました
死刑まで20年以上かかるシステムはやはり時間がかかりすぎ
まず裁判の長いのが日本の難点ですよね

それで今度裁判員制度が考えられただろうけれど
先日NHKで裁判員制度に先立って模擬裁判をやり
その特集をやっていたのですが、とても興味深い事実がありました

それは、日ごろから夫に怪我を負うほどのDVを受けていた妻が
子どもの教育で口論となった時我慢できずに夫を刺した、という想定

最初は妻に同情的な意見が多数を占めていたのですが
裁判官が有罪が妥当であるような意見を述べると
何とほとんどの人がそれに、同調して意見を裁判官と同じにしてしまったのです

それは、素人が判断を下す事、イコール人ひとりの人生を左右してしまう恐さ
だからプロの意見に寄り添う事で安心する、という事でしょう
それじゃ民意は反映されないですよね〜
実際の裁判ではどうなるんでしょうか?

という事でこの話を考えました
話のオチとは反対に、このコンピュータとWEB参加って
良い考えだと思いませんか?(笑)コンピュータの速さと記憶力と
WEB投票での民意反映・・・いやーマジで、いいと思うんだけど。

でも民意を反映しすぎると、オチで書いたように
感情的に流されすぎるとイケナイけどね

2008/6/21


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