1987年 25歳(父の死を受けて)

電車の中でこれを記す。書かずにはいられない
父が死んだ。そう、あの父が死んだのだ

先日父の入院の事を聞いたが私は病院に行かなかった
Sという女の存在がある限り、私はあの家には
戻れない、戻らない

なぜ・・・?ひとことも心を通わせず逝ってしまったのか
私はあなたにとって何だったのですか?
私の事思い出した事 ありますか?
父親なら出てきて答えて下さい

私に会いたいと思った事はありますか?
なぜ逝ってしまったのですか?
25年間父親の愛を知らない私です
せめて憎しみの言葉でもいい
あなたと一度話してみたかった

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心から憎みつづけ、または心から無視しつづけた父を
今死という形で受け入れなければならない
私の憎しみはどこへぶつけたらいいのだろう?

私は父を失った
「いないはずの」父を失ったのだ
本当の意味で私の幼年期は終焉るのだ
父など気にも留めない、関心もない
そんな自分を装ってきた。だが本当は
例え憎しみだったとしても、心の中では
父を求めてきたのだ

いや、憎しみと思ったものは父を求め続けた
幼い自分自身なのかもしれない
なのに今父にそれを伝える術はない

お父さんと素直に呼ぶ事もないままに逝ってしまった
いくつだったのか・・・?
そう、私は父の年も知らない

だが小さな墓標となった父になら
何でも話せそうな気がする
あの女の影が見えない分だけ・・・・・・

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卑怯者と呼ばせてください
私のこの憎しみから逃れて逝ってしまうあなたを。

私と母のこの25年間・・・その苦しみを
どうして忘れられますか?
私の声が聞こえるのなら、今すぐここへ来て
何か言って欲しい
あなたほど死者でいいから話したいと思ったひとはいない
これであの家は絶えてしまうのですね
おじいちゃんが家系図を眺めていつか私に子どもができ
家系図の書き換えを楽しみにしていた、あの家の「血」は
あなたの死で閉じるのですね

それでも・・・私はあなたの娘です


重くてすみません。父親が亡くなった時のメモが出てきて
複雑な心境を書いてありましたので・・・ついアップ。

仕事で出張中でした
死の連絡を聞いても最後(五時)までしっかり仕事をしました
その時私の頭には会社の締切日の事でいっぱいで
父の事はほんの少ししかありませんでした

でも、帰りの電車で長く長く感じました
早く!早く!着いてと願いました

父の葬儀には父の遺体にすがって泣き崩れる父の奥さんが
いました.私は泣けませんでした.許されないから。
私が泣いたのは電車の中と、誰もいない数日後の墓でした

音楽を愛し、芸術を愛し、女性を愛した自由人は
家庭人として、父親としては世界1のダメな奴でした

うーん、やっぱ私はファザコンのケもあるのかな(笑)

夫婦の浮気など男女問題に過激に反応するのは
この父親への思いがあるからだと思います
子どもは親が世界の全てです
捨てられてもなおも親を慕いつづける生き物・・・

私は子どもを(ひいては夫を)裏切るまい!と思うのです
それは私の中にいる父を求める「小さな私」の為にも・・・

ネットの中のたくさんの「お父さん」「お母さん」
子どもを・・・私を・・・捨てないで・・・


人の毎日は
今にも崩れ落ちそうな基盤の上に成り立っている
それは
何かくもの糸でのタイトロープにも似て
美しく脆いから人を不安にさせる
人は何度も振りかえり
戻る事のできない道を悟り
ある者は しっかりした道を歩いてきたのが嘘で
実は その道はくもの糸だったと・・・悟る

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人が流す涙の量が決まっているのなら
どんなにかいいだろう
自分の涙の限界が来たら もう二度と泣けやしない
だから泣く事さえ大事にするだろう
例えば産まれて1回しか泣けないとしたら
産まれてくる時の産声か?
死にゆく時の断末魔か?
人はどちらを選ぶだろう・・・・・

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名誉を守る為なら 死ぬ事など恐くない
人間として死ねるなら
守るものがあるのなら
死ぬ事など恐くない

死以上に人間にとって悪い事などあるはずもなく
死以上に重い切り札を私は知らない

この 人としての暮らしを壊すものは許さない
私には 私自身と私の愛する人たちを
守る義務がある

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守ってみせる
あの人を 必ず守ってみせる
武器などは何もない
ただこの身一つで 
この心のどこかにあるだろう勇気を探して

神様
あなたが存在するなら教えてください
死を恐れないほどの勇気を与えてください

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 注:これは一体?なんで書いたんでしょうか
   多分ダンナと付き合っていてお母さんが
   亡くなったりして大変だったから
   私がしっかりしなくちゃと言う決意だったのかも
   それにしても、我ながらスゴイ、こわっ!(笑)


年代不詳(多分80年代です)

ひとりっきりならば 淋しくなんてないものを
何十億という人間が この惑星にひしめいている
・・・淋しさは増してゆく
   孤独は強くなる・・・
みんな溶けて一つの生命になったらいい
淋しくもない ひとりっきり
何も求めない ひとりっきり

12月・・・何もかもが凍てついている
なんて寒いのだろう ここには光がないようだ
ジングルベルも真近になり またひとつ 人は孤独に近づく
人は誰でも一人だ ひとりだけで生きている
ひとりで呼吸し ひとりで歩く
ひとりの昼 ひとりの夜
ふたりでいても みんなでいても・・・ひとりきり

人は自分の中に宇宙を持っている
決して同じ景色のない宇宙 迷路のような宇宙
時にはスパークして戻れなくなるほどに
そこは熱くて冷たいのだ

ほら行き交う人たちの ひとりひとりが小宇宙
その内包する世界故に 人は孤独に耐えられる
ひとりを 自分を 愛しんでやれる

だから私は自分が好きなんだと思う
自己の死を恐れるほどに 好きなんだろうと・・・
エゴイストであっても 冷たい人間であっても
自分の内部だけは 熱いのがわかる

毎日生きる事だけに追われても 負けはしない
決して自分をあきらめたりしない
この寒さを 他人にわかってもらえない事にも
失望はしない

私は自分を愛している だから 他人も愛せる

12月の寒さの中 垣間見るものは
人の孤独・・・悲しさ・・・でも・・・
生きている・・・生きてゆける

人は なにものにも負けてはいけない

   (1987・12・12 26歳)

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この時もう結婚していたけれど、家族がいて友達がいて
毎日楽しいのだけれど、実の所人は決して自分以外の
心の中には入れないし、自分の事を良くわかっているのかも
怪しいものだと思うから、物理的に人に囲まれていても
精神はいつもひとりなモノだと思った

孤独が悪いとは思わない。また、孤独を好きと思う
そして時に孤独を淋しいと感じるから
人といる心地よさを実感できるのだ


(26歳)

新聞でAの出産を知った。正直来る時が来た、と思った
私にとって永遠のライバル(お互いを高め合う意味ではなく
負けたくはない人という意味で)の彼女の出産は
私にとって敗北だった

結婚・出産という女としての道を極めた彼女を、私は
半分憎いと思う。もう半分は友達として祝ってあげたいが
素直に行動に出せないという気持ちだ

負けた。敗けた。私は出産というイベントにおいて
彼女に負けたのだ。言いようのないあせり、ジレンマ・・・
一瞬「流産すればいい」という考えが頭をよぎった時
自分はそんな人間だったのかと、また、落ちこんだ

こんな風に人を 他人を 友達を 思うなんて今までなかった
友達だったから憎むのか・・・自分の汚い一面を見た。

けれど、もうやめよう。絶対やめよう。
他人の不幸を願うほどに、堕ちた人間でいたくない
それに女として 他人の出産を祝えないのに 自分は幸せに
出産するのか・・・そう思った
心から・・・おめでとうと、今は言えなくても
いつかきっと・・・言える自分になりたい

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今読んで、ショックでした。私が窮地の時に助けて
くれなかったと、それから疎遠になっていた人がいて
その人の出産を知って悔しかったのです。しかしそれは
何と情けない自分になってしまったと、よけいショック。

思えば自分の窮地は自分の至らなさだから人のせいではない
なのに友達に助けを願って、振り向かないといっては恨む
・・・子どものようです。それに私は「助けて」とは
言えなかった。(それじゃわかりませんよね 笑)
仕事場では強い所しか見せてはいない私で
人に頼らないと虚勢を張る。(最悪)
立場をわかっているなら察してと。甘え・・・です

(余談ですが彼氏に電話して、迎えに来てえというコールを
しますよね。あれが私にはできない。迷惑をかけたくなくて
がんばって自力で帰ってしまう。男から見ると全然かわいくない
今ダンナにもそうで、電話すれば行くよ、と言われても
根性で大荷物でも歩いたり電車に乗ったりして帰ってくる。
自分でできる事はしないと申し訳ないと思ってしまうのです。)

自分の馬鹿さ加減を思いだし2度とこんな人間になるまいと
HPに載せました。彼女はどうしているでしょう。
今は本当に幸せに暮らしている事を信じ、願っています
(ホントに)うーん。私の「闇」みなさんに嫌われたかもね。

気が小さいが、ずるい、悪い、自分の見たくない面も
全く無くなる事はないですよね。まあ、闇は小さくなるように
努力するだけ・・・私って小物!小物の悪い奴?


(25歳・ 26歳)

私が存在していたと 遥か未来に
証言するものが 果たしているのだろうか?
私たちが祖先をほとんど知らないのと同じように
私たちもまた未来の人間からは 忘れさられるのだ

何の保証もない人間の歴史だけれど
だけど・・・何も残らないのなら
なおいっそう 力が出せるのかもしれない
            (1987・11・19)

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誰も失いたくない と思う
死を見たくない と思う
私より先に誰も逝かないで欲しい・・・

その願いを込めて これを書いておきたい
「みんな しあわせに 長生きして欲しい」

あたりまえの事が 不安になるときが 人にはあるのだ
今みたいな時がそうかもしれない
みんな 私の愛する人達が しあわせに毎日を
生きてくれればいい

不安をそんな祈りに変え 心を込めて文字にする

ああ 私は人間が好きなんだ とても好きなんだ
よくわからないが 泣けてくる
私の愛している人々を思うと 泣けてくる
好きで・・・みんな好きで・・・

地球最期の日になればいい
幸せな今 愛している人々も 私も みんな
一緒に生きているうちに
地球が消えてしまえばいい

しあわせを・・・人々を・・・失いたくない
今、この時間を大切に思うから・・・

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人は言葉を獲得した頃から 不幸が始まったのではないか
本能の欲のほかに 出世欲 支配欲 虚栄心・・・etc
本来人が持たずにいた汚い欲の部分を
言葉で「思考する」ようになって 内在させてしまった

やはり人は理性で汚されている
教育とは「欲」を生み出す宗教である
アダムとイブが知恵の実を食べ楽園追放になったのも
うなずける。神が理性を禁じたのはそうだったのか

しかし、言葉を操り様々な欲望を持ち 毎日の生活を
社会という巨大な生き物の胎内で送っている人間達を
「不幸で」「悪い」とは言い切れない
自分から不幸になる道を選んで 進化したこども
(にんげん)は不幸の道もしあわせに感じて
歩いているのだから

豊かな文化も、言葉を獲得した人間によって作り出された
シェークスピア 藤村 ダンテ フォークナーetc
単なる記号が命を得る美しき文学

死への怖れ それは人だけにあるという
それさえも美しい芸術に転化する 
それゆえの(死を遅らせたいと言う願い)科学も発達
言葉の文化のマジックに魅せられる

あとは無償の愛だけかもしれない
人は真の愛情は持てるものだろうか?
尾を振りついてくる犬ほどの純な気持ちの獲得は
可能だろうか?言葉の怪物と化した今・・・

  (昼寝する愛犬を見て思ったこと・・・)

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夢はどこかへ消えていくものではなく
ましてや 悲しく砕け散るものでもない
だから実体のないものに 泣き 笑い
自分を賭ける事など どうして人がするのか
人・・・自身にもわからない
答えは今 私の足元をかけ回る小犬だけが知っている

だが人は永遠にそれを知る事はない

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私は知っている
あまたの夢 あまたの幻
それらが例え壊れてしまっても
人はまた新しい夢を見なければ生きて行けはしないのだと

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夢のように過ぎていく毎日を 夢だと思うのも
辛い日々を「いつかきっと」と思い生きていくのも
今、日向でまどろむ一匹の猫であるあなた
見ている夢にしか過ぎない

何も怖れることはない
風に揺れる葉であっても 大地を這うアリであっても
「人間の夢」を見る以上の
苦しみも悲しみも ないのだから・・・

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苦しくても楽そうに息をしていよう
悲しくても笑顔でい話しかけよう
疲れた・・・を口にしてはいけない
もうイヤだ・・・は心を淋しくする

自分の為に 周りの愛しき人の為に
自分の事を愛してあげよう
自分をもっといたわろう 他人を愛せるように

             (1988・6・21)

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